このたび、Bambinart Galleryでは、船木美佳展“ナスと仮面男”を開催いたします。
船木美佳(ふなき・みか/福岡県生まれ)は、東京藝術大学を卒業後、1998年にスレードスクールオブファインアート(ロンドン大学)の彫刻科を修了、主にインスタレーションや映像作品などを発表し、2002年にフィリップモリス・アートアワードを受賞するほか、国内外でグループショウやプロジェクトに参加。2005年には制作した映像作品がイギリスのロックバンドCOLDPLAYのワールドツアーで使用されるなどしています。
本展では、平面作品を中心とした国内初となる個展を開催します。掴もうとすると消えるイメージを損なわないようにキャンバスに描き取ろうとするとき、そこに立ち現われるのは心象なのか、あるいは経験の中にある記憶の断片なのか、 あるいはどちらにも起因しない何ものかのイメージなのか。しかし、船木にとって大切なことは、その正体が何かよりも、 浮かんだイメージの「感触」そのものが描けているかどうかなのでしょう。
船木美佳
「鏡の国のアリス」の一場面に、アリスが『名無しの森』に入る場面があります。森を進むにつれて、アリスは「木」「花」という言葉、ついには自分の名前さえ忘れていきます。そのとき子鹿が寄ってきて、子鹿も「人間」という名を忘れており、2人は抱き合って森の中をそろそろと歩きます。互いが何者かもわからずに。ただただ確かなものは相手の温もりと心臓の音だけ。
2人はやっと『名無しの森』の端にきて、脱出できると思いきや、子鹿は走り去っていってしまい、代わりにアリスは自分の名前をやっと思い出します。。。
私はこの時、大きな交換がされてしまったように思います。名前を得たことで、全てが変わってしまった。名前なんかいらない。私にとって絵を描く行為は、名前がない世界に戻る方法です。『名無しの森』にもどり、できるだけ留まり、描いているモチーフは、あの確かな子鹿の温もりや鼓動です。
また私にとって『名無しの森』は自分の奥深いところにある言葉にできない不明な場所です。そこに蠢くイメージを、ぴたっと描くことができれば、ずいぶん自分が楽になれます。そのイメージが外に出ることができるからです。そのイメージを明らかな場所で知覚し、こういう色彩と形象のものだとして捉えて描くと、確実に捕まえ損ねます。つまり頭の中で先行したイメージを持つと、それに従属した形でしか絵ができあがらず、描いている間に2歩も3歩も遅れてしまうので、なるべく下絵をもたずにはじめます。しかし色だけは決めます、なぜなら色が名無しの森の世界へのパスポートとなるからです。
この技法はシュルリアリズムのオートマティズムからかなり影響を受けています。この方法は自分だけど、複数型でいる自分と出会える入り口にもなり、不安定ではあるものの、自己を制限しないですむ方法であり、決まりきった自分という枠をうまくいけばすり抜ける方法でもあります。そうすることで自分の中にある『名無しの森』を出入りすることができるようになるのです。
どうぞご高覧ください。